私と機械加工 ～第二章～ 機械の前に立つ一話 「職人の世界は差別の世界」

10月も暮れる頃、私とHIN君（以後　伊藤君）は
昨夜一緒に銭湯に出かけ　お互い遅刻しないようにと
言い合って別れました。
今日はその緊張の初出社の日です。
「皆　どんなふうに迎えてくれるのだろうか　
怖い人はいないだろうか　ちゃんと喋ってくれるかなぁ」
等といろいろ考えながら愛車ギャランΛ2000GSRで
国道を走りました。
とても長く感じた道のりだった事を今も覚えています。
そして到着。

時刻は午前7時30分頃だったと思う。
伊藤君の車は会社裏にある従業員用駐車場に入る事が
出来ましたが私の車は停めるスペースが無く、
仕方無しに路上に停めました。
そうこうしている間にも社員の方達の車が
１台　また１台と次々と駐車場に入って行きました。
何台目かの車が入ったその後一人のイケメン風の
社員が
「オーイッ　誰の車ダァーッ　このセリカ」
と叫びました。
そのセリカは1600GTリフトバックで色は赤。
紛れも無く伊藤君の車でした。
「すいませーん　ここ停めちゃ　ダメですか？」
道路で私と煙草を吸っていた彼は小走りにその”先輩”
の方へ走って向かいました。
「ココは俺が停める場所だで　どかせ！」
私は
『偉く威張ったヤツだなぁ　何様だぁ？』と思いつつも
「じゃぁ　何処に停めたら良いんですか？」
と尋ねたら
「道にでも停めとけ」
というご返事でした。
『この時点で私　切れていました』

「おい　伊藤　あいつ　なんだぁ？　えばっとるなぁ」

「まぁ　いいがや　ほっとこまい」
そのとおりでここで切れてもしょうが無いので
私達はそのままやり過ごして工場の中へ入りました。
中ではまだ作業開始時間ではないのに殆どの機械が
動いていました。
『皆　給料付かんのに必死にやっとるなぁ』
というのが私の印象でした。
私は早速　先日お会いしたGT氏（以後　後藤さん）
を探そうと思い、工場内を周ろうとしたら

「おいっ　来たなぁ　お前が使うフライスはこっちだで
ちょっと行こまい」

と後藤さんが話し掛けてきました。
彼に案内されて着いた場所は鉄筋の棟内で
そのフライスは壁に背を向けて設置されていました。

「これは倣いフライス盤のテーブル昇降式と言うんだけど
力は無いけどいろんな事がやれるんだぞ。
これをお前にやってもらう」

私が見たその倣いフライス盤の主軸トップには
MAKINO というエンブレムがありました。
その横には一回り小さいけど同じような機械がありましたが
違う所は操作盤の位置とそのボタンの数が倣いフライス盤より
かなり少ないという事でした。
「後藤さん　これとあれと　どう違うんですか｣
私は直感で
『この小さい方が簡単だわなぁ』と思ってそう聞きました｡

「お前が使うこっちのは倣いができるから倣いフライスって
言うんだけどそっちのはただのフライス。だけど穴あけたり
タップ立てたりもできるけどなぁ。
でも倣いの方がいいだろう」

そういいながらフライスのヘッド横にくっ付いている装置
を触りながら
「このトレーサーヘッドにスタイラスを付けてモデルを
倣って加工するんだ」
彼は微笑みながら私にそう語りました。

「ジジジーン　ジジジーン」
就業開始のベルが鳴って、それまで駐車場にいた伊藤君も
そして他の社員達も一斉に工場内中央に集まってきました。
朝の朝礼です。
真中には社長が立ち、その周りを円陣を組むような形で
皆　整列しました。

「おはようございます」
社長のお話しはこの一言から始まって
各班ごとの今日の目標並びに現時点での問題点など
を一通り説明した後、工場長の寺田という方に立ち位置を
譲りました。
「えー　今日は新入社員さんの紹介をしますが、
　　ヨッチャン　それから伊藤君　前に来て」

そう呼ばれて私と伊藤君は円陣の中央に移動しました。
「こちらが伊藤君で、先日まで自動車関係の工場で働いて
いましたが縁あって今日から私達と一緒に仕事をする
事になりました。　とりあえず本田君！　君の班に入ってもらう
から、よろしく頼みます」
そう言って彼は本田班長の横へ伊藤君を行かせました。
「それからこちらがヨッチャンです。
彼はこの前までパン屋さんのトラックのドライバーを
やっていたんですが、そこをやめて　これまた縁あって
これから皆と一緒に頑張ってもらう事になりました。
ヨッチャンは後藤班に入ってもらいますが、
ヨッチャン！　フライスは難しいから何でも先輩に聞いて
頑張って下さいね」
私は既にこの事は聞いていたので自然に後藤さんの横に
移動していました。

「じゃぁ　伊藤君から皆に自己紹介をして下さい」

「今日からこちらでお世話になる事になりました伊藤です
何も判りませんが一生懸命やりますのでよろしくお願い
します」
伊藤君のその挨拶に皆小さく礼をして拍手です。

「ヨッチャンと申します。　以前はトラックでパンを配達して
いましたが、ここの社長さんから　来いって言われて
ここで働く事にしました。
倣いをやれって言われたので頑張ります
よろしくお願いします」
私の挨拶はお世辞にも相応とは言えないお粗末なもので、
私達を取り囲む先輩達の中には
「パン屋で倣いができるか？」
という小声も聞こえてきましたが私は気にもせず、
一礼して後ろへ下がりました。
　　　　
朝礼が終わってそれぞれの方達は皆　自分のフィールドへ
就き、そして作業が始まりました。
伊藤君は本田班長に連れられて背の高い機械のところに
行きました。
それは「ラジアルボール盤」という機械で主にドリルで穴を
あけたりタップという捩れた刃物でネジを切ったりする加工機でした。
そこではもう既に還暦を過ぎていると思しき老人が
作業を始めており、彼の足元には切り屑が散乱しています。
後に判った事ですがこの老人はこの会社社長の兄弟であり、
若き頃は（と言っても　おそらく戦時中だと思いますが）
大手製造会社のエースと言われた猛者であったという事です。

「こういう　サッサカやるタイプは苦手だなぁ」
私は　そう思いながら自分の使う事に（？）
なっているらしい倣いフライスの所へ向かいました。

「チョイ　チョイ　お兄サン！　まだ班朝礼があるで
あんたもこっち来て！　ヨッチャンだったっけ？」
自分の担当する加工機の真ん前でクレーンに吊られて
立っている（組付け中か仕上げ中らしき）金型をボーっと
見ている私に大きな声を掛けてきたのは
後藤班No,2の通称　”カネさん”　でした。

「アッ　すいません　」
私は（まだ　朝礼　有んの？）と思いながらも
そのカネさんに対しては瞬時に親近感を持ったので
小走りで彼について行きました。
そして行き着いた場所は　先程の駐車場の真横にあたる場所で、
しかも（多分）最も古い棟の真中を抜ける通路でした。
そこには後藤さんをはじめ、カネさん　そして
通称（この御方も多分身内かな？）”タカトシさん”
さらにもう一人は、かなりの高齢と思える老人の４人が
後藤さんの説明を聞く為に立っていました。

「すいません　何処に居れば良いのか判らなかったもんで・・・」
皆は私の方をチラッと見ただけで再び後藤さんを注目
します。

「今週からホンダのカウリングとヘッドライトは仕上げに
入って、それからラジアルが空いたらゲンさんは
アイロンリールケースの穴をやって下さい。
マキノは引き続きニッサンのZのフロントバンパーメス型
の仕上げに入ります。
カネさん！チョット　ヨッチャンを見てくれるかなぁ
先ず　刃物の触り方からで良いから　頼むわ」

後藤さんの声は大きくて聞き取りやすいというのが
私の第一印象でしたが、そればかりではなく
各メンバーに素早く　且つ　的確に指示を出す
というもので、この姿は今でも私の”理想の形”で
あります。

こうしていよいよ私の機械加工ロードは幕を開けました。
MCヨッチャン　１９の誕生日を過ぎたばかりの
秋も深まる頃でありました。